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海外で働いて気付いた、外国人と日本人の上司が求めるものの違い

      2014/09/22

IMGP0222▲トロントの街並み(仕事場のすぐ近く)

こんにちは。カナダでワーホリ中の西村敬介(@keisuke160)です。
現在、トロントのカフェで働き1ヶ月が経とうとしています。

この1ヶ月を通して、外国人の上司が求めるものが、日本人のそれとは全く異なるという経験をしました。今回はそれを記事にします。
結論から言うと、日本で働く際は「規律」が求められる一方、外国では「自由と責任」が求められるのです。

 

日本人と外国人の考える「自由」は違う

僕の体験を話す前に、まずはこちらの動画を見てください。
(見ていただきたいシーンは15:15~18:20です。)

この動画は歴代サッカー日本代表監督の通訳の方3人による対談。
トルシエ・ジーコ・オシムの3監督の通訳の方が登場します。

 

その中で3人が同じように指摘しているのが、外国人監督が求める「自由」と、日本人選手が考える「自由」にズレがあるということ。

 

以下、上記動画からの抜粋です。

千田さん(オシム監督の通訳)

「オシムさんは自由を与えてもそれを使いこなせない選手がいる、と言ったことがある。監督から言われたことは何でもやる。あるいはやるなと言われたことはやらない。そういう意味での規律はあるのだけど。自分の頭で考えろ、自分の責任でチャレンジしろ、そういう場に置かれた経験がないままプロになった選手がいる、ということを心配していた。」

 

外国人監督の言う自由とは、各自が責任を負ってその上に成り立つ自由なのです。

 

まさしく僕は今回のワーホリでこれを経験しました。
上司は初日から僕に「自由で責任のある行動」を求めてきたのです。

 

日本で経験した職場とは全く違うものを要求された

それでは僕の経験に話を移します。
トロントのカフェでの初出勤日、僕は簡単な説明を受けた後、いきなりレジの前に放り出されました。
カフェで働いた経験が無く、さらに英語にも慣れていなかったためかなり驚きでした。
てっきり、この1~2日は誰かがトレーナーとして僕につきっきりになり仕事をするのだと思っていたからです。

 

分からないことはその都度周りの従業員に聞くと、みんなフォローはしてくれます。
しかし、基本的なことは自分で考えて自分で行動しなければなりません。
そこには大まかなルールしかなく、後は自分の責任で行動しなければいけませんでした。

 

正直かなりテンパリました。
僕は日本では営業として働いた経験があり、オーストラリアでは日本人オーナーのレストランで働いたことがあったのですが、その時に上司が求めてきたものは、「まずはルール通りに動くこと」です。

 

特に日本企業で営業をしていた時、そこにたくさんのルールが存在しました(暗黙の了解のようなものもありました)。そして、まずはそのルールから外れないようにすることが新人のするべきことだったのです。もしルールから外れた行動をすると責任を問われました。

 

一方、海外では責任をもって自由に動くことが求められます。ルールはほとんどありません。
はじめ僕はこの意味が分からず、自分が放置されているのだと勘違いし、この上司は僕の力を過信しているのではないかと思っていたほどです。
実際過去の記事で「上司は僕を即戦力として期待しているようだ」と書いています。
(参考:「仕事が見つかりましたが、今週は無給で働いています。」)

 

そして、1週間働いた後に上司からは、「来週は無給で働いてもらう」と言うことを告げられました。
日本と海外での仕事のギャップに僕がついていけなかった結果です。
上司から僕は使えないスタッフとして認識され、1週間トレーニングとして無給で働くことを要求されたのです。
その後、何とか上司からの信頼を取り戻し、現在は週5フルタイムで働いてます。

 

自分の判断で動くカナダの従業員

「責任をもって自分で行動する」ということがどのようなものなのか。ここで一つエピソードを挙げます。
僕が働いているカフェにAlexというカナダ人男性の従業員がいます。
ある日、僕はAlexとキャッシャーで働いていました。(うちのカフェにはキャッシャーが2つあります。)

 

そこそこ混んでいて、お互い別々にお客さんの対応をしていたのですが、急にクレジットカードを読み込む機械が故障したのです。
それも2つ同時に動かなくなりました。

 

この事態に同時に気付いた僕とAlexでしたが、2人がとった行動は間逆だったのです。
僕はまずは上司を探し、現状を説明して指示を受けようとしました。

 

一方Alexはお客さんに、マシーンが壊れていること。カードじゃなくキャッシュなら会計できることを伝え、お客さんの会計を済ませることを優先したのです。

 

Alexの行動が正解だったと思います。上司を呼んだところで、Alexと同じ対応をしたでしょうし、何より会計を中断するとお客さんが不安がります。

 

ホウレンソウって日本だけなんじゃないのか?

こういった経験を踏まえ、僕はふと疑問に思いました。
「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」って海外ではそこまで重要視されていないのではないか、ということ。
なぜならそれは、海外で求められる「自由と責任」とは間逆の考えだから。

 

実際にグーグルで検索してみると、以下のような記事がたくさんヒットしました。
『確かに一理!「報連相なんてムダ!」という外国人ビジネスマンの言い分』
・『アメリカの会社では報・連・相をする人は無能なのか 【OKWave】』
『ホウレンソウのない国アメリカ』

 

・アメリカでは日本ほどはホウレンソウを徹底していない。
・自分より下の人がいちいち小さな事で連絡や質問をして来たら、「ああ、この人はあまり仕事が出来ないな」とは思う。
・日本は、ホウレンソウ国家であるのに対して、アメリカは、非ホウレンソウ国家であると明言することができる。
などの文章を上記サイトで確認できます。
(見つけたほとんどの記事がアメリカについてのものでした。)

 

アメリカではいちいち、ホウレンソウを強制するのではなく、自分の判断で必要だと感じたときに上司に「報告・連絡・相談」をするのでしょう。
なので、日本のようにホウレンソウをルールとして課していないのだと思います。
ちなみに、アメリカについての記事を参考にしましたが、他のヨーロッパなどの国でも同じことが言えるのではないかと思います。

 

まとめ。

ここで「日本と海外のどちらの働き方が優れているのか」ということを議論するつもりはありません。どちらもメリット・デメリットがあるでしょう。
また僕自身、日本での社会人経験は短いですし、海外ではスーツを着てオフィスで働くような仕事をしたことはないので、どちらか一つを選ぶことは難しいです。

 

ただ、トロントで外国人上司の元で働き、「仕事に対する姿勢」が変わりました。
自由で責任のある行動が何なのか、少しですが分かった気がします。
それをみなさんにシェアしたくてこの文書を書きました。

 

それに加え、今回僕がこの記事で伝えたいことがもう一つあります。
それは、ワーホリ・海外留学したからには現地に飛び込めということ。

 

僕がワーホリをしている理由は「英語力向上」であり、仕事をローカルのカフェで見つけたのも、全ては自身の英語を伸ばすためです。
しかし、そういった生活をしていると英語以外の素晴らしい経験がやってきます。

 

今回この記事で紹介したような経験や気付きは、語学学校や旅行などでは絶対に得られないでしょう。貴重なことなんだと思います。
現地の生活に飛び込むのは勇気がいります。馴染もうとすればするほど、大変で辛い思いをすることがあります。
しかし、そこには日本では得られないような気付き・経験があるのです。

 

にしむ

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